MellowMoon

優しくはなれない

Ads by Google

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

日本人は虐殺などしない、という嘘

はてなブックマーク」で人気エントリーになってたんだけど。
[日本が特定アジアと分かり合えない最大の理由は宗教観である。|おはら汁(緊急避難場所)]

論旨のメインである宗教観の違いについては、私の勉強不足で語れるだけの知識が無いんだが(そんな人間から見ても随分大雑把な議論だな、とは感じるが)、とりあえず南京事件についてだけ反論しておく。

例えば日中戦争の際に、日本軍が妊婦を捕まえて腹を割いて胎児を取り出したとか、張り付けにして女性の陰部に焼いた鉄棒を突っこんだとか、なんか色々とあるじゃん?日本人なら聞いてて吐き気をもよおすような猟奇的な話がさぁ。

でもそれって日本人の思想には無いんだよ。0じゃないかもしれないけど、あの当時の日本人の思想から考えると、『無い』 と断言していいレベルなんだわ。

言葉を選ばずストレートに言ってしまえば、そんなもん中国の思想にしかない行為でな、それと同じような猟奇的な行為が、この時代になっても中国軍の手によってチベットとかで普通に行われていたわけだ。

そういう事実を元に考えりゃ、妊婦をどうの、女性の陰部にどうのっていう非道な行為を本当に日本軍が行ったのかとか、実際に被害者がいたのであれば真犯人が誰なのか、よほどのバカでもハッキリ分かるじゃん。

でも中国は 「日本にも同じ思想がある」 と思い込んじゃってっから、それが理解できずに喋れば喋るほどボロが出て墓穴を掘るんだよ。

この点を考えれば、例えば 『南京大虐殺』 にしたってその実態がかなり正確に理解できると思うんだよね。


[Apes! Not Monkeys! はてな別館 - 日本人が「虐殺」なんてするはずない、だって?]

南京事件否定論の中でももっとも愚劣で、目にするたびにヘドが出そうな思いがするのは“そんな残虐行為は日本の文化にはない、そういう殺し方は中国人に特徴的なものだ”というタイプのものである(もちろん、実際にはレイシズム丸出しのもっと下品な表現が使われている)。新聞のテレビ欄を見るとテレ朝が白虎隊のドラマをやっているようなので、戊辰戦争における事例を紹介しておこう。「教科書が教えない歴史」の一コマである。

一昨日のエントリで言及した笠原十九司、「東アジア近代史における虐殺の諸相」は『会津戊辰戦史』や『よみなおし戊辰戦争』(星亮一、ちくま新書)を援用して「官軍」の次のような行為を紹介している。

若松城下、抵抗する会津兵はもとより、武士、町人百姓、老若男女の別なく、町のなかにいた者は見境なく斬られ、打ち殺された。攻める者は血を見ると、怪鬼のように快感を覚えて、人影を見れば撃ちまくった。恐怖で立ちすくむ女児の後ろから阿修羅の刃が 襲った。

「賊軍の死骸には手を付けるな」の命令、会津藩士とその家族、従軍した農民など総数3千の遺体が埋葬を禁じられ、遺体が城下や山野に放置された。


「日本人」が同じ「日本人」に対して行なったことである。もっとも、「従軍慰安婦」という用語がアナクロニズムだから使うのはけしからん、という人びとに倣って言うなら「長州人、薩摩人たちが会津人に対して行なったこと」となるわけだが。

家財の分捕り、大標札を立て、薩長分捕り、長州分捕り、家財道具を勝ってに売りまく妾となし、分捕りたる衣食酒肴に豪奢をきわめた。

郡山周辺の農村から弾薬や食料運搬のため大量の人夫が徴発され、彼らも略奪に加わった。人夫は陣地の構築作業などにあたり、最前線で官軍を誘導する斥候の役も強制された。

田島では芸州藩と肥前藩の兵が近在の村々から現金、米、味噌、蝋燭などを調達、村役人に借用証書を渡したが、購入という名の略奪だった。

芸州と肥前の兵約百名が田島に残り、日々乱行を重ね、家々から家財道具を分捕り、人足に荷物を作らせ、今市まで運送させた。

旧会津藩士たちとその家族は下北半島や青森に強制移住させられ、開拓生活のなかで多くの餓死、病死者がでた。


[「反日攪乱工作隊」説 - 南京事件FAQ - livedoor Wiki(ウィキ)]

否定派の主張
日本軍が行なったとされる殺人や暴行、略奪、放火、婦女子への強姦行為は、実は日本兵に化けた中国兵の仕業である。南京にはそのような任務に従事する反日攪乱工作隊が暗躍していた。


反論
ネタ元は、「ニューヨークタイムズ」1938年1月4日の記事であると思われる。"Colonel and His Aides Admit Blaming the Japanese for Crimes in Nanking "(大佐と彼の援助者、南京の犯罪を日本軍の仕業としたことを認める)と題するベタ記事に、「この元将校たちは、南京で掠奪したことを、ある晩などは避難民キャンプから少女たちを暗闇に引きずり込んで、その翌日には日本兵が襲ったふうにしたことを、アメリカ人や他の外国人たちのいる前で自白した」(東中野氏訳)との一節がある。

しかし後の「王新倫事件」の項で述べる通り、この事件について記した外国人の記録を見ても、少なくとも「外国人たちのいる前で」このような「自白」が行われた気配はない。

常識的に考えても、「日本軍兵士による暴行」の情報に溢れていた当時の南京で、中国兵がわざわざ自分で犯罪を起こし、それを日本軍の仕業に見せかけるという「偽装工作」を行う必要性は、感じられない。


「日本軍が虐殺なんかするわけがない(だから南京事件は無かった)」という主張への反論としてはこのぐらいで十分かとも思うが、リンク先の筆者さんは「日本人なら聞いてて吐き気をもよおすような猟奇的な話」について触れているので、ダメ押しでもう一つ挙げておく。「南京事件―「虐殺」の構造」(秦郁彦著)の「第五章 検証−南京で何が起きたのか(上)」の121ページより、上海派遣軍第16師団に所属していた兵士の日記が引用された部分を抜粋する。

中山門外での別の処刑風景を目撃した小原予備主計少尉(第十六師団経理部)は、次のように記す。

「最前線の兵七名で凡そ三一○名の正規軍を捕虜にしてきたので見に行った。色々な奴がいる。武器を取り上げ服装検査、その間に逃亡を図った奴三名は直ちに銃殺、まもなく一人ずつ一丁ばかり離れた所へ引き出し兵隊二百人ばかりで全部突き殺す……中に女一名あり、殺して陰部に木片を突っ込む。外に二千名が逃げていると話していた。戦友の遺骨を胸にさげながら突き殺す兵がいた」(小原立一日記 十二月十四日)

(強調引用者)


否定論者の東中野修道氏からケチを付けられた、「刺殺され葦を挿入された農婦」の写真はこちら、また「輪姦されたあと腹を裂かれた婦人と子供20人」の写真はこちら両方ともショッキングな画像なので閲覧注意)。なお、これらの出来事の存在は極東軍事裁判におけるマギーの証言にも裏付けられている(まあ、保守派は「あれは暗黒裁判だから信用できない」と言いそうだけども)。
「そんなものサヨクの捏造だ!」とか言われるとアレなので注記しておくが、上に挙げた「南京事件―「虐殺」の構造」の著者である歴史学者の秦郁彦氏は「新しい歴史教科書をつくる会」にもコミットしていることで知られる保守派であり、「親中派のサヨク」とは無縁の人物である。

上に挙げた小原日記以外にも、南京やそこまでの道中における旧日本軍の残虐行為は、主に兵士の戦中日記の形で資料として残されており、その数は枚挙に暇が無い。
中国などの海外に出兵していた兵士の日記は帰国後厳しい検閲を受け、「残虐な」行為などには検閲により削除された部分も多いとされるが、不思議と中国人に対する日本兵の「残虐行為」は今に至るまで数多く記録が残されている。当時の日本軍、日本政府が「シナの連中」についてどんな考えを持っていたか、そんなところからも推測できるかもしれない。

(追記)
先に取り上げたApemanさんのブログで、「黒尼」さんが従軍慰安婦がらみで大変興味深いコメントをされていた。以下引用。

# 黒尼 『Apamanさん、こんばんは、私は1961年生まれです。学生時代、確かに出版物では、日本軍の非道(他国にも自国民にも非道な軍国主義)を書いたものが多かったですが。
学校で日本軍の非道どころか、明治から現代までの歴史なんて教科書もろくに読まず。年表を暗記がせいぜいで、なぜ日本が戦争をしたのかなんて、大方の生徒には理解も出来ずに終わってましたよ。私より10歳下の連中に聞くと、教科書すら読まなかったというくらい。学校では日本の近代史を教えないのが普通のようでした。(機会があるたびにリサーチしてるんですが)左翼教師に祖父の世代がいかに残虐非道だったかを教えられたなんていう人間にリアルで出会ったことないですね。

また両親や祖父の世代からは被害者としての戦争体験や。まるで、いまのネットウヨクなみの「チャンコロの首根っこ押さえて。こう、えいっと!な」みたいなものが彼らにとって楽しいジョークでした。(普段、優しくて楽しい父が、朝鮮人、中国人に対しては差別剥き出しで、それがごく当たり前です。子供の頃、新宿や池袋にいた傷痍軍人の姿をした物乞いを見ると「ウソツキ!」と憎憎しげに言うのが不思議でした。(足がなかったり、腕がなかったりする、可哀想な人にしか、子供の私には見えなかったから)
また1980年当時、知人の70代の老人から戦地での楽しみとして。慰安所で慰安婦と性交するのがどれほど待ち遠しく。楽しかったかという話を聞かされました。
当時はぞっとしましたが、考えてみれば、その老人のような下級兵士には、戦地でいいことと言えば、そんな思い出しかないのです。哀れです。しかし、老人には悪いことをした他国に迷惑をかけたという意識は微塵もありませんでした。
到底、信じ難い話ですが、モンゴル人を「バカ」に、するために梅毒を蔓延させた、という話も嬉しそうにしていました。(気分が悪くて、それが誰の命令で、どういうことをしたのかの詳細を聞かなかったのが悔やまれます)
私の周囲の大人で日本の軍国主義を反省する人なんていませんでしたね。』 (2007/03/07 01:35)


南京事件否定論のほとんどが、先の戦争に対する日本人の無反省(日清戦争と日中戦争を並列的に語ってしまうセンスも含め)と身も蓋も無い中国人への差別意識に根を置いているのはほぼ疑いないが、そういう発想がただしく戦前から「継承された」ものだとすると、まさに否定論者は旧日本軍の直接の後継者であるということになる。「日教組が自虐教育で日本を支配した」などという言説が荒唐無稽な珍論であることを、他ならぬそれを言う当人である一部保守派自身が証明していると言うのは皮肉な話だが。

以下、はてなブックマークのコメントから。

kanose 歴史 日本人の思想にはない辺りは笑いどころだと思ってた

まあ戊辰戦争を知っていればギャグとしか思えないわけですが、ネタがネタだけに笑って済ませるわけにもいかないなあと。

KoshianX 参考になる しかし元ネタの人は虐殺は無かったと言ってるわけじゃないよね?

確かに直接的な表現はありませんでしたが、「真犯人が誰なのか、よほどのバカでもハッキリ分かる」、「喋れば喋るほどボロが出て墓穴を掘る」など、事件が日本人ではなく中国人によって行われたものだという誘導を明確に含んだ文面があると感じたので、今回こうしたエントリーを書かせていただきました。
このような「誘導」によって南京事件に対し否定論的な立場を取る人が増えることを防ぎたい、という動機がありましたが、宣伝をした甲斐あって既に多くの方に(当エントリーを)読んでいただけました。ありがとうございます。

zyugem 中国で従軍した僕の祖父が日記を元に自分史を作ったんだが,そこに祖父が関わった対中国人虐殺行為について書かれていたのを思い出した。こんな身近なところにもある残虐な日本軍の実例。

それはすごい。詳しい場所や日付の記載があれば、今でも貴重な資料になりそうですね。
  1. 2007/03/08(木) 00:00:00|
  2. 歴史
  3. | トラックバック:1
  4. | コメント:16
<<「議論の正常化に寄与」だそうで… | ホーム | 日本の美しき伝統「働けない奴は死ね」>>

コメント

>日本人の無反省(日清戦争と日中戦争を並列的に語ってしまうセンスも含め)と身も蓋も無い中国人への差別意識に根を置いているのはほぼ疑いないが、

あなたが日本人を差別しているだけでしょ。

虐殺を反省する必要も謝罪する必要も全くない。

ただ虐殺されないためには、強くなければならないという教訓を学べばよいだけ。
  1. 2007/03/09(金) 00:54:54 |
  2. URL |
  3. む #mQop/nM.
  4. [ 編集]

小原立一

(3)本当に処刑されたのか?
http://www.geocities.jp/nankin1937jp/page028.html
南京に収容された捕虜

『本当はこうだった南京事件』P387 板倉由明著 日本図書刊行会

 なお、城内に収容された捕虜のその後については、『南京戦史』第六章第六節「南京付近に収容した捕虜の状況」に詳しいが、最初一万人程度の捕虜が収容され、翌昭和十三年一月六日に「三千六百七十人もいるそうだ」と第十六師団経理部の小原立一少尉の日記に記されている。約半数が昭和十二年末ころ上海に送られたものと見られ、残りが汪兆銘の南京政府軍に編入されたという事実はよく知られている。

(注 板倉氏は『南京戦史』の主力編集員)


『南京戦史』P324

 これらを総合すると堯化門(仙鶴門鎮)付近の捕虜約七千二百名を中央刑務所(第一監獄所)に護送し収容したことはあきらかである。






 以上のように中島日記に記載された仙鶴門付近で確保した約7千人の捕虜は、殺害されずに南京に収容されたと考えられます。複数の史料による裏づけがあるということです。処刑されたとか揚子江に流されたというのはかなり無理がありますね。
  1. 2007/03/09(金) 01:25:40 |
  2. URL |
  3. wasi #RryWsqZ6
  4. [ 編集]

ものはついで

12月14日の南京にどうして(おそらく陸軍の)【
予備】主計少尉が?
  1. 2007/03/09(金) 01:31:03 |
  2. URL |
  3. wasi #RryWsqZ6
  4. [ 編集]

コメントレス

> むさん
> 虐殺を反省する必要も謝罪する必要も全くない。
> ただ虐殺されないためには、強くなければならないという教訓を学べばよいだけ。
いや、ここまで堂々と言い切られるとかえって清清しいですな。別に南京事件を否定しておられるわけでもないみたいですし。
どうぞ己の信ずる道を進んでください。周りの人(外国人に限らず)からどういう目で見られても当方は関知しませんが。

> wasiさん
故板倉由明氏と言えば、最も否定論者に近い肯定論者とも言われていた方ですな。犠牲者数千〜1万人説を主張されていて、田中正明氏とも懇意でしたね(とは言っても、田中氏のインチキを暴いたのも他ならぬ板倉氏なのですけど)。

ご指摘の小原立一日記ですが、秦氏の本で示されているものとは日付も内容も全く異なりますので、これを証拠に「小原日記はウソだ!」といわれても困りますね。といいますか、ご指摘のリンク先では小原日記を事実として話を進めておられるわけで、それをして日付によって記述の真偽が分かれるとするのは無茶なのでは?
  1. 2007/03/09(金) 13:02:52 |
  2. URL |
  3. CrowClaw #mJxP.Gqk
  4. [ 編集]

中国人は嘘を信じ込もうとする意識があるよな
  1. 2007/03/10(土) 17:58:39 |
  2. URL |
  3. チャイナウルッチャイナ #-
  4. [ 編集]

> チャイナウルッチャイナさん

ネタでしたらもう少し面白いのをお願いします(ハンドルネームは面白かったです)。
  1. 2007/03/10(土) 22:16:49 |
  2. URL |
  3. CrowClaw #mJxP.Gqk
  4. [ 編集]

リスッパブログ開始!!

管理人様はじめまして。
いつも楽しく拝見しています!

このたび新しくブログサービスを始めました!
1アカウントで無制限にブログを作れる『Risppa blog』
更新もラクラク。是非一度お試しください!
------------------------
http://blog.risppa.com/
risppamail@yahoo.co.jp
------------------------

  1. 2007/03/11(日) 12:24:42 |
  2. URL |
  3. risppa運営事務局 #.ANd4Yow
  4. [ 編集]

FC2スパム対策開始!

risppa運営事務局様はじめまして。
今現在楽しく(貴方のコメントを)拝見しています!

このたび新しく(FC2が)ソーシャルスパム対策を始めました!
日々送信されるスパムメール(※)や迷惑メール、その日見つけた不正・スパムサイトなどの情報をリストにして、その情報をユーザー同士で共有することによりスパム対策しようというサービス。
更新もラクラク。是非一度お試しください!
------------------------
http://seo.fc2.com/spam/
------------------------
  1. 2007/03/11(日) 14:19:59 |
  2. URL |
  3. CrowClaw #mJxP.Gqk
  4. [ 編集]

興味深い記事ですね。
自分はまだ近代史の勉強が足りないので南京事件の判断はしかねますが、
とりあえず古代中世では城ないし都市が攻められて(降伏などではなく)陥落したときに軍隊による殺戮が行われなかった例は皆無ですよね。。。
いや、もちろん例外はありえますがね。
ただ、日本軍だけが行わないことは可能性としては非常に低いかと
  1. 2007/03/13(火) 02:19:55 |
  2. URL |
  3. 朱麗 #Pnsj6K02
  4. [ 編集]

日本人は虐殺などしない、という嘘
は当然すぎて論外ですね〜

ところで管理人様
皆様が仰る"妥当論"で語ってみますと
私がざっとみたところでは
アウシュビッツ(Deutsch:KZ Auschwitz-Birkenau,大抵の国はAuschwitzで)より
南京大虐殺(中文:南京大屠殺,한국어:난징 대학살,English:Nanking Massacre,Deutsch:Massaker von Nanking,Français:Massacre de Nankin)
のほうがひどい
とうたった記述は
殆どが中国、次いで日本、後は英語圏二十数億人にちらりと

私自身は俗に言う保守系(ネットと大學図書館で見られるコピー資料からの推測で、虐殺数は少なくとも1〜2万多くて4〜5万。死亡者数とごっちゃにはしない)でして
あれだけの戦争で虐殺がない(なかった)と考えている人達は単なる歴史修正主義もしくは高いところがすき〜なんで処理しやすいんですが
中国側は国家と(有識者を除く)(一部と呼べない程大量にいる)一部の国民が捏造と誇張(←漢文勉強した人ならわかって頂けるかと)にはしる傾向があって、現代においては欧米的手法をも取り入れた情報操作技術に関しては、数の原理も相まって日本は理詰めでしか対抗出来ないのが現状。

ところで、学術データはさておき
殆ど二国間論争となっている南京問題

何故アウシュビッツのようには取り上げないのでしょうね?
敗戦国日本を叩ける格好の材料だった筈ですけどね〜材料だったなら。

以下各言語での南京参照wikiです。翻訳は独力でするべきですよ〜
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%97%E4%BA%AC%E5%A4%A7%E8%99%90%E6%AE%BA
http://zh.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%97%E4%BA%AC%E5%A4%A7%E5%B1%A0%E6%AE%BA
http://ko.wikipedia.org/wiki/%EB%82%9C%EC%A7%95_%EB%8C%80%ED%95%99%EC%82%B4
英 ttp://en.wikipedia.org/wiki/Nanjing_Massacre
仏 ttp://fr.wikipedia.org/wiki/Massacre_de_Nankin
独 ttp://de.wikipedia.org/wiki/Massaker_von_Nanking
  1. 2007/03/13(火) 11:57:32 |
  2. URL |
  3. ぼんくらちゃん零号 #34gCT0Q6
  4. [ 編集]

コメントありがとうございます

> 朱麗さん

> とりあえず古代中世では城ないし都市が攻められて(降伏などではなく)陥落したときに軍隊による殺戮が行われなかった例は皆無ですよね。。。
> いや、もちろん例外はありえますがね。
> ただ、日本軍だけが行わないことは可能性としては非常に低いかと
日中戦争において、日本軍・中国軍の双方に近代的軍隊とは呼びがたい体制(食料や補充兵士の現地調達など)があったことを考えると、中世の事例と対比させる方法も歴史学的には一定の有効性があるかもしれませんね。
こと南京事件の場合ですと、南京陥落以前に中国軍の激しい抵抗による日本軍兵士の中国人への敵愾心の高揚や、よく指摘される軍規の著しい乱れがあったことが確実視されているわけで、そういう状態の兵士が敵の城塞を「陥落」させれば、何が起こるか…は想像に難くないですね。

> ぼんくらちゃん零号さん

> 私がざっとみたところでは
> アウシュビッツ(Deutsch:KZ Auschwitz-Birkenau,大抵の国はAuschwitzで)より
> 南京大虐殺(中文:南京大屠殺,???:?? ???,English:Nanking Massacre,Deutsch:Massaker von Nanking,Fran醇Mais:Massacre de Nankin)
> のほうがひどい
> とうたった記述は
> 殆どが中国、次いで日本、後は英語圏二十数億人にちらりと
「アウシュビッツより南京事件のほうが酷い」と謳った記述が日本語の何かにあるのですか?勉強不足か、僕はついぞ見かけたことがありません。仮にそういう記述があったとしても、南京事件の何がどう「アウシュビッツより酷い」のかよく分かりません。虐殺の規模も形態も全然違いますし、そもそも両者は「どちらの方がより酷い」と比較できるようなものなのでしょうか?

> 中国側は国家と(有識者を除く)(一部と呼べない程大量にいる)一部の国民が捏造と誇張(←漢文勉強した人ならわかって頂けるかと)にはしる傾向があって、現代においては欧米的手法をも取り入れた情報操作技術に関しては、数の原理も相まって日本は理詰めでしか対抗出来ないのが現状。
「理詰めで対抗できている」ならそれでよろしいのではありませんか?少なくとも学術的論争の世界であれば。それが是とされないのは南京事件論争が多く政治的な色合いを帯びているからだ、と言うのは理解できますけども、だからといって否定論者のプロパガンダごっこを日本が(国家として)追認していいという理由にはならないでしょう(それじゃあ中国以下です)。中国人でも米国の大学で教鞭をとる楊大慶氏のように「30万説=中国の公式見解」に与さない歴史学者はいますし、国家の全体主義的体制の中でもそれなりに自由な言論は許されています(勿論国家自体を批判する自由はありませんが)。日本が今後するべきはそうした「まともな」歴史学者の活動をバックアップし南京事件の真相究明に努力する方針を打ち出すことではないでしょうか。そうした意味で今の日本の姿勢は良い意味でも悪い意味でもあまりに消極的過ぎるという気はします。南京事件解明に役立つだろう重要ないくつかの資料も、未だに公開を許されていないものが数多くあるという話も聞きますし。

> 何故アウシュビッツのようには取り上げないのでしょうね?
> 敗戦国日本を叩ける格好の材料だった筈ですけどね〜材料だったなら。
「格好の材料」も何も事件発覚直後からニューヨークタイムズなどの米国主要紙では積極的な事件の報道が為され、それに際して欧米諸国での日本への批判が大いに盛り上がっているという事実がありますよ。知日家で知られる米国の歴史学者のジョン・ダワー氏の著作「人種偏見――太平洋戦争に見る日米摩擦の底流」(文庫版のタイトルは「容赦なき戦争――太平洋戦争における人種差別」)によれば、太平洋戦争における「敵国日本」のイメージは南京事件報道による欧米諸国の対日感情の悪化にその根を持っているという側面もあったようですし。
敗戦後に米国がことさら南京事件のことを言わなくなったのは、東京裁判で(一応の)決着をみたから、という理由のほかに、戦後の日本が占領期を経てアジアにおける米国の最大の同盟国となり、わざわざ日本軍の戦争犯罪を追及する必要性を(米国側が)みなくなったから、という面もあるでしょう。

英語版のWikipediaを見ましたが、「欧米では犠牲者30万説が取られることが多い」という記述がありますね。「二国間論争」と仰いますが、文字通り南京事件に関して言えば「第三国」である米国は、戦後特に南京事件に対する認識などを(論争を経て)改める必要を感じていないのではないでしょうか。それは「第三国」として特に不自然な態度ではないと思いますが(当事国でもないのに南京事件論争のようなものに首を突っ込んでいたらそれこそ奇妙に思えます)。対してアウシュビッツ否定論は対ユダヤ(反ユダヤ)の目的で唱えられている面が大きいため、ユダヤ人の一定数存在するいろいろな国家で人気があるのは当然の事に思えます(悲しいことですけど)。
  1. 2007/03/14(水) 00:56:36 |
  2. URL |
  3. CrowClaw #mJxP.Gqk
  4. [ 編集]

スパムコメントを一件削除しました。
  1. 2007/03/22(木) 20:16:10 |
  2. URL |
  3. CrowClaw #mJxP.Gqk
  4. [ 編集]

南京事件の問題は民間人を殺したか、正規軍を殺したかの論争ですよね?
  1. 2007/04/06(金) 05:53:27 |
  2. URL |
  3. セブン #9a0Q92Lg
  4. [ 編集]

> セブンさん

> 南京事件の問題は民間人を殺したか、正規軍を殺したかの論争ですよね?

「正規軍を殺した」事を問題としている人は日本にも中国にもいないと思います。少なくとも、正規軍の殺害は「虐殺」には当たらないはずです。問題は民間人虐殺の存在と、捕虜や「便衣兵」の殺害が合法だったか否か、だと思います。否定論は前者の存在を否定し、後者の存在を合法として正当化しているわけです。
  1. 2007/04/06(金) 18:44:57 |
  2. URL |
  3. CrowClaw #mJxP.Gqk
  4. [ 編集]

柔道

柔道を探すなら http://www.stumpwaterrock.com/101070/214706/
  1. 2008/09/27(土) 18:16:58 |
  2. URL |
  3. #-
  4. [ 編集]

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
  1. 2009/11/21(土) 05:06:32 |
  2. |
  3. #
  4. [ 編集]

コメントの投稿

 (省略可)
 (省略可)
 (省略可)
管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://mellowmoon.blog93.fc2.com/tb.php/22-2eb8242d
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

[web][opera][user.js] アクセス解析などという閲覧者にとって何の利益もない行為でレンダリングを妨げるようなことはやめよう!

例えば以下のようなマークアップ。<body> のすぐ下にアクセス解析がありますね。 <body> <script language="javascript" src="http://analyzer5.fc2.com:8080/xxx" type="text/javascript&quo
  1. 2007/03/08(木) 11:32:21 |
  2. miya2000のOpera日記